特殊相対性理論 [付録稿] 虚数角回転によるローレンツ変換

物理学ノート

擬ユークリッド空間でのローレンツ変換は、ユークリッド空間での回転変換によく似ているといわれている。なんと回転の変換式に、虚数の回転角を入れるだけでローレンツ変換と等価となるとのこと。 なかなか興味深い話である。

はじめに

本稿は『特殊相対性理論1 [ローレンツ変換編]』及び『数学アラカルト 行列の固有値とリーマン予想』の付録稿としての位置づけとなる。背景や前提等の確認も含め、上記本編にも目を通しておくことをお勧めする。

1 三角関数と双曲線関数の関係

この後、回転変換を扱うので基礎知識として、三角関数と双曲線関数の関係を確認してみよう。

三角関数はオイラーの公式より、以下のように複素指数関数で表記できる。

\[\small \tt \tag{Eq1-1}\]
\[sin(\theta)=\frac{e^{i\theta}-e^{-i\theta}}{2i},\quad cos(\theta)=\frac{e^{i\theta}+e^{-i\theta}}{2}\]

一方,双曲線関数の定義は以下の通り。

\[\small \tt \tag{Eq1-2}\]
\[sinh(\theta)=\frac{e^{\theta}-e^{-\theta}}{2},\quad cosh(\theta)=\frac{e^{\theta}+e^{-\theta}}{2}\]

tanh も含めてプロットすると以下のようになる。

Fig1-1

グラフの形は sinh、cosh ともに、両端で発散して三角関数とかなり異なるが、関数の定義は虚数 ” i ” の差だけだ。さしずめ双曲線関数を、虚数 ” i ” を使って複素平面に閉じ込めたものが、三角関数なのか?という印象を受ける。

それでは、あらためて回転変換とローレンツ変換変換の類似性を確認してみよう。

2 回転変換とローレンツ変換の比較

2.1 回転変換

X系を以下の様に2組の基底ベクトル b1=e1={1, 0}、 b2=e2={0, 1} が設定された直交直線座標とする。その系内での任意の座標点を位置ベクトルx としよう。

Fig2.1-1

この位置ベクトルは x=x1e1+ x2e2 の様に基底ベクトルの線形加算で表され、これを使ったX系内に以下、赤で示した矢印や円など、様々な図形を描くことができる。ここで{x1, x2}はxの成分であり、座標の目盛りを読んだ値に相当する。

Fig2.1-2

変換先の系をU系とし、U系内での位置ベクトルを u としよう。回転変換は以下の様な線形変換で表すことができる。

\[\small \tt \tag{Eq2.1-1}\]
\[\small \bf u=B^{-1}\cdot x, \quad x=B \cdot u,\\\small B=\left( \begin{array}{cc} \cos{(\theta)} & -\sin{(\theta)} \\ \sin{(\theta)} & \cos{(\theta)}\\ \end{array} \right) \]

ここでBはX系からみたU系の基底ベクトル b1, b2を横に束ねた基底行列だ。1列目が b1、2列目が b2 となる。これに対し基準系Xの基底行列 eは基本ベクトル e1, e2を束ねたものだ。1列目が e1、2列目が e2 だ。

θは回転角度であり勿論実数だ。例えばθ=π/6とし、x=B.uの式を使って B.e とするとU系の基本ベクトルe1, e2が左に30度回転したX系の座標を得る。ちなみに、このθに実数の代わりに虚数の角度を入れると、ローレンツ変換になるというのだからちょっと驚きだ。まずは回転変換の準備として以下π/6回転したU系基底ベクトルを緑で表した。

Fig2.1-3

この緑の基底ベクトルでU系座標を張ってみよう。

Fig2.1-4

左に傾いたU系座標が現れた。まだU系を表示しただけで、U系座標に乗りかえていないので、図形はそのままだ。続いて、座標の乗り換えを行ってみよう。U系が直立した系となるように、X系で定義された(緑のU系基底ベクトルと座標線も含め)図形の位置ベクトル全てにB-1を掛ける。

上記は、元々X系上のすべての位置ベクトルは xn = e.xn の様にX系基底ベクトル e にそれぞれの成分(スケール)としての xn が掛かっており、基底ベクトルの方だけ eb に入れ替えると考えれば良い。

Fig2.1-5

結果はX系とその上に描かれていた図形ともども右にπ/6回転した。以上が回転変換とは何かの説明となる。まあ、簡単に言うと頭を30度左に傾けて視点をU系に移したという事だ。

2.2 ローレンツ変換

一方、ローレンツ変換だが、X系(静止系S)を、以下の様に青座標で表し、縦が時間(基底ベクトル e2 )、横が空間(基底ベクトル e1)とする。尚、相対性理論の教科書では一般的に位置ベクトルの添字は上付きで、また時間ベクトルは x0 と書かれていると思うので、それに読み替えてほしい。

Fig2.2-1

これに重ねて、X系から見たU系(移動系S’)の基底と座標を緑で表示してみると、以下の様になる。対称的な斜交座標だ。斜め上方向にのびてはいるが、横軸方向の b1 が空間の基底ベクトルで、縦軸方向の b2 が時間の基底ベクトルとなる。

Fig2.2-2

そしてこの緑のU系基底Bは以下の様にローレンツ変換の式から来ている。

\[\small \tt \tag{Eq2.2-1}\]
\[\small \bf u=B^{-1}\cdot x, \quad x=B \cdot u,\\\small B^{-1}=\left( \begin{array}{cc} \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{-\beta}{\sqrt{1-\beta^2}} \\ \frac{-\beta}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} \\ \end{array} \right) \]

u=B-1.x がローレンツ変換と呼ばれ、X系(S系)からU系(S’系)の変換を表す。x=B.u がその逆変換だ。従って基底行列 B は以下の通りだ。これはU系(S’系)での 基本ベクトル {0, 1} と {1, 0} をローレンツ逆変換したものとなる。

\[\small \tt \tag{Eq2.2-2}\]
\[\small B=\left( \begin{array}{cc} \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{+\beta}{\sqrt{1-\beta^2}} \\ \frac{+\beta}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} \\ \end{array} \right) \]

ここで β=v/cだ。X系に対するU系の相対速度vの光速度比を表している。今回β=0.6としてみた。つまり光速の60%の相対速度となる。

B-1B は逆行列の関係だが、βの符号(±)が変っているだけだ。つまりローレンツ変換、逆変換の差は相互の速度の向きの差(左から右にすれ違うか、右から左にすれ違うかの差)でしかない。

それでは、回転変換と同様にローレンツ変換でどのように位置ベクトルが変化するかを、同じ図形を使って確認してみよう。以下の図はX系に赤い絵(円とか矢印)が描かれた様子を、X系から眺めていることになる。

Fig2.2-3

X系からU系に乗りかえてみよう。やることは回転変換の時と同じで、ローレンツ変換の式u=B-1.xに従い、X系上のすべての位置ベクトルにB-1を掛けるだけだ。

Fig2.2-4

結果は上記の様に立場が入れ替わり、X系は左上方向に引き延ばされている。X系上に描かれた図形も同様に引き延ばされている。この様に図形の変形で分かる通り、変換により(時空上の)位置ベクトルの伸縮が起きる。という事で、時間の遅れとか長さが縮んだりとか、色々と不思議な現象が起きることになるが、ここではこれ以上触れない事にしよう。興味のある方は本サイトの特殊相対性理論1 [ローレンツ変換編]を参照願いたい。

3 虚数角回転変換

前述の比較の通り、回転変換とローレンツ変換は全く違う変換の様に感じたと思うのだが、ともかく回転変換のθに虚数 i をくっつけて変換すると、どうなるかを調べてみよう。

以下Eq2.1-1式の θ を虚数角 iθ とする。

\[\small \tt \tag{Eq3-1}\]
\[\small B_h^{-1}=\left( \begin{array}{cc} \cos{(i \space\theta)} & \sin{(i \space\theta)} \\ -\sin{(i \space\theta)} & \cos{(i \space\theta)}\\ \end{array} \right) \]

これは以下の通り、三角関数は双曲線関数に変わり、sinhの方はさらに頭に i が出てくる。この変形はEq1-1, Eq1-2の比較で簡単に理解できる。

\[\small =\left( \begin{array}{cc} \cosh{(\theta)} & i\space\sinh{(\theta)} \\ -i\space\sinh{(\theta)} & \cosh{(\theta)}\\\end{array} \right) \]

次に双曲線関数の等式を使って sinh, cosh を tanh に書き換えてみよう。

\[\small \cosh (\theta)=\frac{1}{\sqrt{1-\tanh ^2(\theta)}},\\\small \sinh (\theta)=\frac{ \space\tanh (\theta)}{\sqrt{1-\tanh ^2(\theta)}} \]

これにより、行列Bh-1の各要素は以下の様に書き換えられる。

\[ =\left( \begin{array}{cc} \frac{1}{\sqrt{1-\tanh ^2(\theta)}} & \frac{i \space \tanh (\theta)}{\sqrt{1-\tanh ^2(\theta)}} \\ -\frac{i \space \tanh (\theta)}{\sqrt{1-\tanh ^2(\theta)}} & \frac{1}{\sqrt{1-\tanh ^2(\theta)}} \\ \end{array} \right) \]

ここでEq2.2-2と比較すると、tanh[θ] がβに相当相当しそうだと見当がつく。

\[\small =\left( \begin{array}{cc} \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{i \space \beta}{\sqrt{1-\beta ^2}} \\ – \frac{i \space \beta}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} \\ \end{array} \right) \]

さて怪しげな基底が出来上がった。後はどうやってこれを変換に使えば良いかという事だが、以下の様に時間を虚数時間にしてしまえば、何とかつじつまが合う。

虚数回転・虚数時間変換 X → U
\[\small \tt \tag{Eq3-2}\]
\[\small \left(\begin{array}{cc} \frac{x_1-x_2 \space \beta}{\sqrt{1-\beta^2}}\\ \small i\frac{x_2-x_1 \space \beta}{\sqrt{1-\beta^2}} \end{array}\right)=\left( \begin{array}{cc} \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{i \space \beta}{\sqrt{1-\beta ^2}} \\ -\frac{i \space \beta}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} \end{array} \right) \cdot \left(\begin{array}{cc} \space\space x_1\\ \\ \small i \space x_2 \end{array}\right) \]
ローレンツ変換 X → U
\[\small \tt \tag{Eq3-3}\]
\[\small \left(\begin{array}{cc} \frac{x_1-x_2 \space \beta}{\sqrt{1-\beta^2}}\\ \small \frac{x_2-x_1 \space \beta}{\sqrt{1-\beta^2}} \end{array}\right)=\left( \begin{array}{cc} \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} & -\frac{ \space \beta}{\sqrt{1-\beta ^2}} \\ -\frac{\space \beta}{\sqrt{1-\beta^2}} & \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}} \end{array} \right) \cdot \left(\begin{array}{cc} \space\space x_1\\ \\ \small \space x_2 \end{array}\right) \]

元々、ローレンツ変換では時空の不変量の計算において、空間3次元と時間次元は符号が異なっていた。ウーム、時間と空間は変な形で混ざって時空を構成していることをあらためて認識させられる。

尚、β=tanh[θ] であるのでβが与えらえた場合、i θ=i arctanh[β]で虚数角は求められる。Fig2.2-2の例は β=0.6 なので i θ は約 0.693 i となる。

4 不変量 s2

相対性理論の教科書からすると空間を x1,x2,x3 とし時間で” c t = x0 “と定義していたものを、虚数時間では” i c t = x4 “と定義し直すのが良いようだ。ここでは ” i x2 ” をこのまま虚数時間としておこう。さてこの虚時間空間での不変量となる距離の定義はどうなっているのだろうか?Eq3-2の右辺と左辺 u、それぞれを単純に自乗して比較してみる。

虚数時間虚数角回転変換

  変換前

\[ s^2= \mathbf {x}^T\cdot \mathbf {x}=x_1^{\space 2} -x_2^{\space 2} \]

  変換後

\[ s^2= \mathbf {u}^T\cdot \mathbf {u}=x_1^{\space 2} -x_2^{\space 2} \]

なるほど、不変量にマイナスが が現れるの事に対して直観的に納得できる。それに対し、ローレンツ変換では

ローレンツ変換

  変換前

\[ s^2= \mathbf {x}^T\cdot\eta\cdot \mathbf {x}=x_1^{\space 2} -x_2^{\space 2} \]

  変換後

\[ s^2= \mathbf {u}^T\cdot\eta\cdot \mathbf {u}=x_1^{\space 2} -x_2^{\space 2} \]
と、わざわざ 取って付けた様に \( \eta=\scriptsize \left(\scriptsize \begin{array}{cc} +1 & 0 \\\scriptsize 0 & -1 \end{array} \right) \)を挿入しなければ不変量とならない。尚、これを\( \eta=\scriptsize \left(\scriptsize \begin{array}{cc} -1 & 0 \\\scriptsize 0 & +1 \end{array} \right) \)と定義する場合と二通りある。

こちらの定義は当サイトでの相対性理論の解説で採用している方となる。その場合は回転方向を逆に取り、虚数時間の代わりに虚数空間を採用することになる。

以上で本稿の終わりとするが、数式検証とグラフ化に使用したMathematicのソースコードの解説を下記に公開したので、興味がある方はこちらの方も参照願いたい。

[CAS-Lab] 特殊相対性理論 虚数角回転によるローレンツ変換(Mathematica編)
『特殊相対性理論 [付録稿] 虚数角回転によるローレンツ変換』で使用したMathematicaのソースコードの公開と簡単な解説です。

終わりに

時空は複素空間だと捉えるべきなのか?量子論でも波動関数に虚数が組み込まれており、この物理宇宙の本質は、実は虚数が支配しているのかと妄想してしまうのだが、いかがだろうか?

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